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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)5413号 判決 1955年6月30日

原告(反訴被告) 鈴木寅二

被告(反訴原告) 正田のふ 外一名

被告 長尾幸蔵 外四名

主文

一、被告(反訴原告)正田のふ、正田十吉は原告(反訴被告)に対し別紙目録<省略>記載物件につき所有権移転登記手続をしなければならない。

二、被告長尾幸蔵、トラノ、賢二、かほるは別紙目録記載物件について昭和二七年三月二四日横浜地方法務局横須賀支局受付第一五〇六号で長尾林松のためなされた抵当権設定登記、同日同支局受付第一、五〇七号で長尾林松のためなされた所有権取得の仮登記の各抹消登記手続をしなければならない。

三、被告待寺は別紙目録記載物件につき昭和二七年六月一一日横浜地方法務局横須賀支局受付第三、九七八号でなされた抵当権取得登記、同日同支局受付第三、九七九号でなされた所有権取得の附記仮登記、同日同支局受付第三、九八〇号でなされた所有権取得登記の各抹消登記手続をしなければならない。

四、被告待寺は原告より、一、三五七、八一一円の支払を受けると同時に、別紙目録記載の物件を原告に明渡さなければならない。

五、被告待寺は原告に対し昭和二八年五月六日から同年一二月末日までは一月一九、六九二円四五銭、昭和二九年一月一日から同年一二月末日までは一月二一、七六一円六二銭、昭和三〇年一月一日から前項記載物件明渡しずみに至るまでは一月二二、四五九円七六銭の各割合による金員を支払わなければならない。

六、原告その余の請求を棄却する。

七、反訴原告(被告)の反訴請求を棄却する。

八、本訴訴訟費用はこれを十分し、その二を原告の負担その三を被告正田のふ、正田十吉の連帯負担、その二を被告長尾幸蔵、トラノ、賢二、かほるの連帯負担、その三を被告待寺の負担とする。

反訴訴訟費用は反訴原告(被告)正田十吉の連帯負担とする。

事実

一、原告(反訴被告、以下単に原告とよぶ)の本訴についての申立、

「主文第一、二、三項同旨および被告待寺は別紙目録記載の土地家屋から退去してこれを原告に明渡し、昭和二七年六月一一日から同年七月二七日まで一月三八、四〇〇円の割合による金員、同月二八日から右明渡しずみまで一月六〇、三七六円の割合による金員を原告に支払わなければならない。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決と、右明渡、金銭支払を命じる部分につき仮執行の宣言を求める。

二、原告主張の請求原因

昭和二四年八月一日原告は被告正田のふ、正田十吉(反訴原告、以下単に被告とよぶ)を連帯債務者として一、三〇〇、〇〇〇円を同月三一日返済の約で貸付けた。そして、原告は右債権担保のため、被告正田両名よりその共有に係る別紙記載の土地家屋に抵当権の設定を受けるとともに、右期日に右被告等がその債務を履行しなかつたときは、原告の意思により抵当権実行にかえ、前記土地建物を前記債務の代物弁済にあてることができる旨の代物弁済予約を右被告両名とした。

以上の合意は原告と被告正田のふ(および同被告を代理する今西勇)ならびに被告正田十吉を代理する被告正田のふ、今西勇との間でされたものである。

被告正田両名は約定の履行期をすぎてもその借金を返済しなかつたが、原告はなお任意支払のあることを期待していた。然しいくら待つても被告正田等からその返済を受けられそうもないので、原告は被告正田両名の同意を受け昭和二四年一一月一一日右債権のうち八〇〇、〇〇〇円につき抵当権設定登記をしたが、結局当初の約定による代物弁済を受けようと思い、被告正田両名の同意のもとにまず昭和二五年六月三日、別紙記載土地家屋につき代物弁済予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記を受け、同年七月二四日被告正田両名に到達した書面で、右土地家屋を代物弁済にあてる旨の意思表示をした。すなわちここに右物件は原告の所有となつたわけであるから、被告正田両名に対し右物件につき原告に所有権移転の登記手続をすることを求める。

ところが長尾林松(同人は昭和二八年一月九日死亡し、被告長尾幸蔵、トラノ、賢二、かほるがこれを相続した)は、被告正田両名に対する債権一、六六〇、〇〇〇円(弁済期昭和二七年三月一八日、期間中の利息支払済)担保のため、昭和二七年二月九日別紙目録記載の不動産につき被告正田両名より抵当権の設定をうけるとともに、右債務を期日に弁済されなかつたときは別紙目録記載の不動産を代物弁済として長尾に所有権を移転する旨約定し、昭和二七年三月二四日横浜地方法務局横須賀支局受付第一、五〇六号で抵当権設定登記を、同第一、五〇七号で右代物弁済予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記を受けた。

然しさきに述べたように、原告は右物件につき所有権を取得しその登記がなされるべきものであり、その仮登記は昭和二五年六月三日になされていて、右長尾の各登記より順位において優先することとなるのであるから、原告は被告長尾四名に右抵当権設定登記、仮登記の各抹消を求め得るわけであり、これを求めるものである。

さらに、被告待寺は昭和二七年六月一〇日長尾林松から右債権、抵当権、代物弁済予約上の権利を譲り受けたとして、同月一一日前記横須賀支局受付三、九七八号で抵当権につき、同第三九七九号で前記仮登記につきそれぞれ移転登記を受けたほか、右代物弁済予約に基いて別紙目録記載不動産につき所有権を取得したとして右同日、受付三、九八〇号で所有権取得登記を受けている。

けれども前記被告長尾等に対すると同じ理由で、原告は被告待寺に対しても右各登記の抹消を求め得るものであるから、これを求める。

そうして被告待寺は現に別紙目録記載の土地家屋を占有しているから、原告は所有権に基き被告待寺に対しその明渡を求める。

なお別紙目録記載の土地家屋は昭和二一年四月一二日進駐軍の使用に供せられるため、接収され、当時その所有者であつた被告正田両名と国との間で賃貸借契約が締結されていた。ところが、被告待寺は前記のように昭和二七年六月一一日所有権取得登記を受けると、右賃貸借契約上賃貸人の地位を承継したとして、国に対し賃貸人名義変更を求めた。賃借人である国としてもこれを信じ、その後被告待寺を賃貸人としてあつかい、同被告に対し、同日以降昭和二七年七月二七日までは一月三八、四〇〇円の割合による、同月二八日から前記接収解除になつた昭和二八年三月二八日までは一月六〇、三七六円の割合による賃料を支払つた。けれども原告はさきに述べたとおり昭和二五年七月二四日別紙目録記載の土地家屋の所有者となり、被告正田両名と国との間の前記賃貸借上の賃貸人としての地位を承継したものであり、これはさきに述べた仮登記の順位保全の効力からいつて被告待寺のそれに優先するものである。従つて右日時以降原告は国に対する賃料債権者であつたのであり、被告待寺はそうではないのであるから、その賃料として受領した金員は法律上の原因なく同被告が利得したことになる。けれども債務者である国から見れば、前記のような登記名義を有する被告待寺を賃貸人としてあつかうのはやむを得ないところなのであり、その被告待寺に対する前記賃料支払は、債権の準占有者に対する履行として、国の債務を消滅させるものである。すなわち原告としては、これにより国に対する賃料債権を失い、被告待寺の利得と同額の損失を受けたことになるから、不当利得として被告待寺に対しその受領した前記賃料と同額の利得の返還を求める。

さらに右土地家屋の接収が解除された昭和二八年三月二九日以降被告待寺は右土地家屋を自ら使用し、原告の所有権行使を妨げ、前記賃料と同額の一月六〇、三七六円の割合による損害を原告に与えている。それで原告は被告待寺に対し損害賠償として昭和二八年三月二九日から右土地家屋の明渡しずみまで一月六〇、三七六円の割合による金員の支払を求める。」

三、被告等の申立、「原告の請求を棄却する」との判決を求める。

四、被告正田のふ、正田十吉の主張。

別紙目録記載の土地家屋が元来被告正田両名の所有であること、これにつき原告を権利者として原告主張の抵当権設定登記所有権移転請求権保全の仮登記がなされていることは認めるが、被告正田両名は原告から原告主張の金員を借受けたことはないし、抵当権の設定代物弁済予約等の契約をしたことはない。事情は次のとおりである。

昭和二二年一一月被告正田のふは小松崎正衛を通じ原告より(はじめ貸主が誰か明かでなかつたが、昭和二三年六月になつて、原告が貸主だといつて来たのでそうとわかつた)二、〇〇〇、〇〇〇円を利息は月一割五分の約束で借受けることとなり、一月分の利息三〇〇、〇〇〇円を天引された一、七〇〇、〇〇〇円を受取つた。その返済は被告正田十吉が所有する工場が売れた時にする約であり、なお東京都杉並区大宮前五丁目二〇三番地の土地約五〇〇坪に抵当権を設定した。

その後被告正田のふは何回かに合計一、五〇〇、〇〇〇円ほど弁済したが、残りを払うことができないでいたところ、昭和二四年七月に至つて原告は強制的に前記抵当物件を売却させた。そして、代金三、九〇〇、〇〇〇円で売れたとして、二、〇〇〇、〇〇〇円を前記貸金の弁済に、九〇〇、〇〇〇円を利息金の弁済にあてた。

ところが、原告は被告正田等に対しまだ未払利息金一、三〇〇、〇〇〇円が残つているので、その支払のため約束手形を差入れるように求めたので、被告正田のふは、被告正田両名振出の約束手形を作成し原告に差入れた。さらに、その際原告は別紙目録記載土地家屋の権利証を預りたい、抵当権をつけるわけではないというので、被告正田のふはこれを信じて右権利証を原告に交付した。

なお、右利息金は実際上三〇〇、〇〇〇円ほど支払えば足りるということであり前記抵当地上の庭園設備、樹木等を売却すれば、その位は支払えるので、そのことを原告にたのみ、それまでのことと思つて、右権利証を預けたしだいである。

右のような事情であつて、被告正田両名は原告からその主張する一、三〇〇、〇〇〇円を借受けたことはないし、抵当権設定代物弁済の予約をしたこともない。右のような約束手形振出の事実はあるにしても、被告正田十吉としては、被告正田のふに手形振出、債務負担についての代理権を与えたことなく、全く知らないところである。被告正田のふにしても元来月一割五分という利息制限法所定の制限をはるかにこえた利息金の支払義務はないので、その支払のため振出した手形についてもその支払義務はないわけである。

さらに、仮に被告正田両名において原告に対し一、三〇〇、〇〇〇円の債務があり、これを担保するため、別紙目録記載物件につき代物弁済予約を約したとしても、別紙目録記載物件の昭和二四年八月一日当時の価額は八、五〇〇、〇〇〇円(原告が代物弁済予約完結の意思表示をした昭和二五年七月当時では一〇、〇〇〇、〇〇〇円以上)なのであつて、これを登記簿記載のとおり八〇〇、〇〇〇円の債権弁済に代えて原告の所有とするというのは、全く被告正田両名の窮迫、軽卒、無経験なのに乗じて原告が暴利を得る契約を締結させたのであり、民法第九〇条により無効なものである。

また、原告のためになされている原告主張の抵当権設定登記、仮登記はいずれも不動産登記法施行細則四七条に違反してなされたもので無効である。すなわち、当時施行せられていた同細則十四条一号、七六条等によれば、登記官吏は登記義務者の提出した登記申請書におされている印影を予め登記義務者が登記所備付の印鑑簿に登載しておいたその印影と対照し、その同一であることを確めた上でなければ、その申請に基く登記をしてはならない義務がある。ところが前記の登記はその際被告正田両名名義で提出された登記申請書におされていた同被告の印影につき前記照合確認手続をとらず、登記をしてしまつたものである。これは前記細則四七条所定の登記官吏の調査義務に反してなされた違法な所為であり、かくしてなされた前記登記は無効である。

五、被告長尾幸蔵、トラノ、賢二、かほる、待寺与四松の主張

「別紙目録記載物件がもと被告正田両名の所有であり、長尾林松が被告正田両名より原告主張どおり抵当権設定、代物弁済予約を受け、各登記をしたこと、被告待寺が右長尾から右抵当権、代物弁済予約上の権利を譲り受け、その旨の登記をしたこと、被告待寺が別紙目録記載物件の所有権を取得しその登記をし、現にこれを占有していること、長尾林松が原告主張日時に死亡し、その相続関係が原告主張のとおりであること、右物件につき原告のため原告主張の所有権移転請求権保全の仮登記がなされていることは認める。

然し被告正田両名が原告主張の消費貸借上の債務を負つたことはなく、抵当権設定、代物弁済を約したこともなく、約したとしても無効であること、また原告名義の前記登記が手続上の違法により無効なことは被告正田両名の主張するとおりである。

さらに、被告待寺としては、仮に原告主張のとおり本件土地家屋を明渡す義務があるとするならば、次のように主張する。すなわち、被告待寺は昭和二七年四月七日別紙目録記載の土地家屋を含む附近不動産を被告正田両名から代金五、〇〇〇、〇〇〇円で買受けた。ところが、その代金もほとんど支払い終えるところ被告正田両名は右売買契約上の債務を履行しない気配であつたので、被告待寺は調査したところ、右物件に関し長尾林松が原告主張の権利を取得していることを知つた。それで被告待寺はやむなく長尾に二、一〇〇、〇〇〇円を支払つてその権利を譲り受け、原告主張どおりの各登記(所有権取得の登記を含む)をしたのである。

そのように被告待寺は正当に本件土地家屋の所有権を取得し、これを占有しているので、仮にその所有権が登記順位上原告のそれに対抗主張できなくなるとしてもその占有は全く善意であり、故意過失はないのであるから、原告に対し不法行為上の責任を負うものでない。

また本件土地家屋は原告主張の期間進駐軍使用のため接収されていたことは原告主張のとおりであるが、被告待寺はその解除直前の昭和二八年三月一四日被告正田両名の申立による仮処分(東京地方裁判所昭和二八年(ヨ)第一五七七号)により右物件に立入ることを禁止された。それで被告待寺は被告正田両名と交渉しようやく右仮処分の解放を受けて、右物件に入り使用するようになつたのは同年五月六日ころで、それより前は右物件を使用しあるいは占有していない。

さらに、本件土地家屋の統制賃料は昭和二八年は月一九、六五二円六四銭、昭和二九年は月二一、七六一円六二銭、昭和三〇年は月二二、四五九円九六銭を最高とするものであるから、これをこえる損害金の請求は失当である。

次に、原告の被告待寺に対する不当利得金返還の主張に対して、被告待寺が原告主張の期間本件土地家屋の賃料として国から原告主張額の金員を受取つたことは原告主張のとおりであるけれども、これは被告待寺において昭和二七年七月国(横浜調達局管財部長および不動産部長を代理人とする)との間に締結した賃貸借契約に基き被告待寺の権利として支払を受けたものであり、原告の債権の準占有者として支払を受けたものではないから、原告のこの点に関する主張は失当である。

最后に被告待寺は原告に対し本件土地家屋を明渡す義務があるとしても、次のようにこれにつき留置権があるから、その基礎をなす債権の弁済を受けるまでは、これを原告に引渡すことを拒むものである。すなわち、被告待寺は右物件占有中その保存費、有益費として次のとおり支出した。

I  保存費 一、〇〇一、七七六円

1  固定資産税(昭和二八年度分以降) 一〇三、三八〇円

2  屋上工事費 一三六、八四九円

(右内わけ、瓦代二四、三六〇円、天然スレート代五四、〇〇〇円、補足材料、工事代五八、四八九円)

3  電燈工事費 五四〇、七九一円

(右内わけ、電燈七箇増設工事代一〇、九〇〇円、引込線、配線工事代三一、三四一円

配電盤工事代六八、三五〇円

室内電鈴復旧工事代五六、五八〇円、室内電燈配線工事代三四三、六二〇円

外燈五箇工事代三〇、〇〇〇円)

4  畳取替工事代 二七、一六〇円

(右内わけ、材料代二〇、〇〇〇円、工賃糸代七、一六〇円)

5  建築造作費 三三、一七六円

(右内わけ、材料代一七、三七六円、大工賃一五、八〇〇円)

6  建具取附費 三五、五〇〇円

7  とよ取付費 一六、八一〇円

8  破損ガラス、修理費 五、八〇〇円

9  下水工事費 二四、五〇〇円

10  水道工事費 一二、三〇〇円

11  浄化装置工事代 六五、五〇〇円

II  有益費 二、〇六五、六九〇円

1  庭園改造費 一、六六八、五一〇円

右内わけ、みかけ石とうろう七箇代四四〇、〇〇〇円、捨石二三箇代二八二、〇〇〇円

飛石四六箇二八、〇〇〇円、井筒一箇代五五、〇〇〇円、手水鉢四箇代一一二、〇〇〇円

縁石五〇箇代二、〇〇〇円、下駄脱石一箇代八三、二〇〇円、樹木四五本代八三、二〇〇円以上運賃五二、七〇〇円

同人夫賃六八、二〇〇円、道具借賃二二、三六〇円、樹木植替手入費三六八、三五〇円

庭石置替費五八、〇〇〇円、とうろう一三箇組立費六八、〇〇〇円、那智石一車代二〇、〇〇〇円)

2  道路改良費 四二、三〇〇円

3  塗装工事代 三五四、八八〇円

以上合計三、〇六七、四五六円の費用償還請求権を有するしだいである。

なおまた右留置権の主張が認められないならば、右被告待寺の支出により、原告はその財産の価額を増し、あるいは支出を免れたのであるから、被告はその額に応じ原告に不当利得返還請求権を有するから、原告請求の債権と対当額において相殺する。

六、被告正田両名の反訴請求の趣旨

「原告は別紙目録記載の土地家屋につき昭和二四年一一月一一日横浜地方法務局横須賀支局受付第六、一八七号で原告のためなされた抵当権設定登記、同物件につき昭和二五年六月三日横浜地方法務局横須賀支局受付第三、〇三七号で原告のためなされた所有権移転請求権保全の仮登記の各抹消手続をしなければならない。訴訟費用は原告の負担とする。」

七、被告正田両名の反訴請求原因

本訴請求原因に対する被告正田両名の主張として述べたところと同じで、右各登記はその原因を欠き、あるいは手続上違法なものであるから、その抹消を求める。

八、原告の反訴請求に対する答弁

「被告正田両名の反訴請求を棄却する、訴訟費用は被告正田両名の負担とする」との判決を求める。反訴請求原因に対する原告の主張は本訴請求原因において述べたところと同じである。

九、被告待寺の主張に対する原告の主張

被告待寺がその主張する費用を支出したとの点は争う。

仮に、支出したとしても、原告には償還義務はない。すなわち、原告は昭和二八年五月二九日被告待寺を相手方とし東京地方裁判所より「別紙目録記載の土地建物に対する被告待寺の占有をとき原告の委任した執行吏にその保管を命ずる、執行吏はその現状を変更しないことを条件として被告待寺にその使用を許す、ただしこの場合には執行吏はその保管に係ることを公示するため、適当の方法をとるべく、被告待寺はその占有を他人に移転し、または占有名義を変更してはならない」旨の仮処分命令を得て、同年六月二日これを執行した。

すなわちその執行以後被告待寺は本件物件を占有していないのであるから、占有者としての償還請求権はない。仮にその占有があるとしても、被告待寺主張の費用支出はすべて右仮処分執行後のことに属する。そのように仮処分に違反して現状を変更した行為の結果による支出については、仮処分債権者である原告に対しこれを主張することは許されないものである。そう解さないと原告が被告待寺に対してした前記現状不変更禁止の仮処分はその実効がないと同様なものとなつてしまうからである。

また被告待寺主張の保存費中電燈七箇増設工事代(一〇、九〇〇円)、電鈴復旧工事代(五六、五八〇円)、外燈五箇工事代(三〇、〇〇〇円)、有益費中庭園改造費(一、六六八、五一〇円)、道路改良費(四二、三〇〇円)、塗装工事代(三五四、八八〇円)はいずれも被告待寺の快楽のため、あるいは便利のため支出したもので、保存費、有益費というべきものでなく、ぜいたく費である。

ただし、被告待寺主張の有益費の償還が認められる場合、原告としては民法第一九六条第二項の規定による支出費用の償還に応じる。

また、本件土地家屋の統制賃料が被告待寺の主張どおりであることは認める。

一〇、被告待寺の右に対する主張

「被告待寺が原告主張のとおり、仮処分の執行を受けたことは認める。」

一一、証拠<省略>

理由

別紙目録記載の土地家屋が被告正田両名の所有であつたことは当事者間に争がない。

証人小松崎正衛、慶田耕三の証言、原告本人尋問の結果、被告正田両名本人尋問の結果の各一部を総合すると次の事実が認められる。

原告は昭和二二年一一月ころ小松崎正衛、慶田耕造の世話で、被告正田両名に二、〇〇〇、〇〇〇円を貸与していたが、昭和二四年七月ころに至つて被告正田十吉はその所有していた東京都杉並区大宮前所在の宅地を売却した代金で右の債務を弁済することになり、昭和二四年八月一日その売却代金のうちから二、〇〇〇、〇〇〇円を原告に支払つた。その際被告正田十吉の委任を受け同被告のため金銭借入をなし、それにつき別紙目録物件を含む同被告所有の物件を担保に供すること等について交渉をし契約を結ぶ代理権を与えられていた今西勇と被告正田のふとは、さらに原告に一、三〇〇、〇〇〇円の貸与方を申込み交渉の結果、原告主張どおりの金銭消費貸借および別紙目録記載物件についての抵当権設定、代物弁済予約に関する合意が成立し、原告より被告正田のふ、今西勇に一、三〇〇、〇〇〇円の交付がなされた。以上のように認められるのであつて、被告正田両名本人の尋問結果中右認定に反する部分は前記各証拠に対比して見ると事実を伝えるものとは思えず、その他右認定を左右するに足りる証拠はない。

次に真正に成立したものと認められる乙第一、三号証(被告正田のふ本人尋問の結果により、その被告正田両名の名の下におしてある印影が右被告等のものであることが認められ、この事実と証人小松崎正衛の証言によりその成立を認める、)と原告本人尋問の結果、証人小松崎正衛の証言とによれば、原告は右貸金の弁済期をすぎた後もしばらくは、前記抵当権等につき登記を申請しないでいたが、被告正田等において別紙目録記載の物件につき他に売買予約に基く所有権移転の仮登記をするなどのことがあつたため、被告正田等に交渉し、各その同意を得て原告主張の抵当権設定登記、代物弁済予約に基く仮登記をなすに至つた(右の各登記の存在は当事者間に争がない)ことが認められる。被告正田両名本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は採用できない。

さらに甲第二、三号証の各一、二(被告正田両名の関係で成立に争なく、その他の被告の間でも郵便官署作成部分につきその成立に争なく、原告本人尋問の結果によりその他の部分も真正に成立したものと認められる)によれば、原告は昭和二五年七月二四日被告正田両名に到達した書面で前記代物弁済予約完結の意思表示をしたことが認められ、その時までに被告正田両名において前記借入金を弁済していないことは被告等において明かに争わず自白したものとみなされるところである。

そうすれば別紙目録記載物件は右日時において原告の所有となつたというべきである。

なお被告等は右代物弁済予約は民法第九〇条により無効であると主張するが、そう解すべき事情は立証されないといわなければならない。すなわち右物件の価額について乙第七号証、丙第四四号証によれば、昭和二六年四月ころの価額として一一、〇〇〇、〇〇〇円に評価され、あるいは昭和二八年において七、五〇〇、〇〇〇円以上に評価されており、被告正田十吉本人尋問の結果中で同被告は一〇、五〇〇、〇〇〇円以上すると考える旨述べているが、右物件が昭和二四年八月当時、進駐軍の使用に供せられていたという当事者間に争のない事実を考えあわせると以上の評価はこの事情を考慮していないものと認められるので適切でなく、右の事情を加味した昭和二四年八月ころの、その価額は二、五二三、〇〇〇円余り(鑑定人吉原富治鑑定の結果による)と認めるのが相当である。そうして、本件代物弁済予約が登記簿上記載の額にかかわらず、一、三〇〇、〇〇〇円の債務につきなされたものであること前認定のとおりであつて見れば、それは必しも原告が暴利を得る契約であるとはいえないし、その他原告が被告正田等の窮状、軽卒等につけこんで、同被告等にとつて特に不利な内容の契約を結ばせたものと認めるべき資料もないのであつて、被告等の前記主張は採用しがたい。

なお原告名義でなされた前記抵当権設定登記および仮登記はその手続上違法があり、無効であるとの被告等主張は、前述のとおり右登記は登記義務者である被告正田両名の同意のもとになされたものである以上、被告等主張の如き登記手続上の手落があつたとしても、その故を以て右登記を無効とするものではないと解されるので、被告等の右主張は採用できない。

以上述べたところによれば、被告正田両名は原告に対し代物弁済予約契約に基く義務履行として、前記仮登記について別紙目録記載物件の所有権移転登記手続をする義務があるわけで、これを求める原告の本訴請求は理由があり、反面被告正田両名の反訴請求はその理由がないものというべきである。

さらに、原告のその他の被告等に対する各登記抹消の請求について。別紙目録記載物件について長尾林松および被告待寺名義の各原告主張の登記がなされていることは当事者間に争がない。そうすると原告の前記仮登記はその順位において、長尾、待寺の右各登記に先立つものであることはその各登記の日時から見て明かなところであるから、原告が右仮登記に基いて所有権取得の本登記をすれば、長尾、待寺はその順位においておくれる各登記しか備えないその権利を原告に対して主張できなくなるのはやむを得ないところである。ただ原告はまだ右仮登記に基く本登記を経ておらず、本訴において被告正田両名にこれを求めているのであるが、そのような本登記手続の請求が容認される場合はそれと同時に本登記がなされた場合に等しい権利主張を長尾待寺に対してすることは許されるものと解すべきであると思われる。そうすれば、正にそのようなものとして請求する原告の被告長尾四名(右被告等が長尾林松の相続人であることは当事者間に争がない)待寺に各登記抹消を求める請求は理由があるので、これを認容する。

次に原告の被告待寺に対する土地家屋明渡請求について。

被告待寺が別紙目録記載の土地家屋を占有していることは当事者間に争がなく、原告が右物件の所有権を取得したこと、その所有権については被告待寺のそれより順位において優先する登記あるものと主張できることは前述のとおりである。そうすれば被告待寺が右物件を所有権に基いて占有しているとのことは原告に対し主張し得る占有の正当権原とはならないのであるから、被告待寺は原告に対し右物件を明渡す義務があるわけであるが、この点につき被告待寺は留置権の主張をしているので、以下これについて判断する。

被告待寺本人尋問の結果(第二回)とこれにより成立の認められる以下記載の丙号証(二号証を除く)によれば次のように認められる。

I1  成立に争のない丙第二号証によれば被告待寺はその占有中に昭和二八年度、二九年度(一部)分の本件土地家屋固定資産税として合計一〇三、三八〇円を納入支出したことが認められ、これは右物件についての保存必要費と見られる。

2  被告待寺は本件家屋に入居後その屋根の破損部分を修理するため、かわら代工事代として合計一三六、八四九円(丙第三号証、第四号証の一、二)を支出したことが認められ、これは右家屋の保存費と見られる。

3  被告待寺は本件家屋が接収より解除された後、担当配電会社より従来の配線では送電できない規則であるといわれ、やむなく、右家屋の配線工事を行い、その占有中にその工事費として合計四五四、二一一円を支出したこと(丙第五号証、第六、七号証の一、二、第九号証)が認められる(これは右家屋の保存費と認められる)。また右家屋内の電鈴につき復旧工事、改修工事を行い、本件地上に電燈を設置し、その工事代として八六、五八〇円を支出した(丙第八号証の一、二、第一〇号証)ことが認められるが、これは有益費に属するものと見られる。

4  本件家屋のたたみは進駐軍の使用中一部はとり去られ、一部破損したので、被告待寺はその占有中これを新設修理しその材料工賃として二七、一六〇円を支出した(丙第一一号証の一ないし四、第一二号証の一、二、三)ことが認められ、これは右家屋の保存費と見られる。

5  被告待寺は、2記載の屋根修理材料として三、一六一円を支出し(丙第一六号証の二ないし五、同号証の一、六記載の支出はその日時から見て右工事のための支出と思われず、その他何のための支出かわからない)たこと、室内に修理工事を施しその材料、工事代として二七、一八〇円を支出した(丙第一四号証の一、二、第一五号証)ことが認められ、以上は本件家屋保存費と見られる。

6  被告待寺は本件家屋の建具類につき修理、補充工事をし、その費用として少くとも三五、五〇〇円を支出したこと(丙第一六号証の一ないし四、第一七号証の一、二)が認められ、それはその必要あつてしたものと察せられるので、保存費に属すると見られる。

7  本件家屋のとよが破損し使用できない状態であつたので、被告待寺はその修理をし、その費用として一六、八一〇円を支出したこと(丙第一八号証)が認められ、これは保存費に属する。

8  同様破損していた本件家屋内ガラスを修理し費用五、八〇〇円を支出した(丙第一九号証の一、二、三)。これは保存費に属する。

9  上、下水道の破損を修理しその費用一二、三〇〇円を支出した(丙第二〇号証)。これは保存費といえる。

10  本件家屋便所の浄化装置および下水装置の破損を修理し計九〇、〇〇〇円を支出した(丙第二一号証)この費用も本件家屋の保存費に属すると見られる。

II1  被告待寺主張の庭園改造費について。

そのうち樹木四五本の買入等に関する費用については、被告待寺はこれを他より買入れ、本件地上にうえたことを以て右土地改良費と主張するのであるが、その主張によるも同被告は右土地につき所有権を取得しその所有権に基いて右樹木を本件土地に植えつけたものであり、しかもその事実は同被告本人尋問の結果(第一、二回)により認められるところであるが、そうすると、民法第二四二条ただし書の規定により右樹木は被告待寺の所有に属することとなり(本件における如く現在においては原告に対抗できない所有権も右規定上の「権原」に当ると解すべきである)その植栽は本件土地についての改良費とはいえない。

被告待寺主張の樹木植替手入費、那智石代および右樹木代を除くその他の本件費用、すなわち石とうろうその他庭石代について。それらの物件はいずれもその設置された本件土地の一部となるものでなく、それと別の物として留まるものであると見られる(すなわちそれは本件土地とともに原告の所有となるものでなく、原告がその設置による利益を受けるものでもない。)のであつて、その設置は本件土地自体の価値をますものでないから、これに要した費用を本件土地についての有益費として原告に請求することはできない。

那智石代は、本件土地に入れたと認められるが、それにより本件土地の価値をましたかどうかはつきりしないからこれも有益費とはいえない。

樹木植替手入費は丙第三三号証の一ないし七および被告待寺本人尋問の結果(第二回)によるも、その立証不十分で認められない。(右丙号証記載支出のうちどれだけが右費用になるか明かでない。)

すなわち、この庭園改造費については被告待寺に償還請求権は認められない。

2  道路改良費、被告待寺本人尋問の結果(第二回)と丙第三九号証の一、二によれば本件地内の道路改修工事として被告待寺において三八、五〇〇円を支出したことは認められるが、その工事の内容は明かでなく、従つてこの費用を有益費とする事実の証明がないこととなる。

3  本件家屋は進駐軍使用の間にその床などが汚損され、塗装の要があつたので被告待寺はその工事を行い、その費用として三五八、八八〇円を支出した(丙第四〇、四一号証)ことが認められ、これは少くとも有益費に属すると認められる。

以上合計すると被告待寺は本件物件につきその占有中において必要費九一二、三五一円、有益費四四五、四六〇円を支出したわけである。そうしてこの費用合計一、三五七、八一一円は被告待寺が本件物件を原告に明渡すに際し、原告より償還を受け得るものである。(原告は有益費につき支出額の償還に応じる旨明かにしている)なお、原告は被告待寺主張の工事は、原告が被告待寺に対し、本件物件の現状不変更の仮処分を執行した後においてこれに反して現状を変更した工事としてなされたものであるから、同被告は原告に対しその費用の償還を求め得ないし、右仮処分執行により、被告待寺は本件物件に対する占有者でなくなつたと主張するが原告主張の仮処分は被告待寺の本件物件に対する私法上の占有を失わせるものでないし、被告待寺に対し本件物件について前認定の如き工事をすることを禁止したものとは解されず(その工事の如何によつては右仮処分上被告待寺が本件物件の使用を許されなくなることがあるかどうかは別として)またその工事代が民法所定の保存費有益費に当る限り各法定の要件に従つて被告待寺がその償還を求めることを許さずとしたものとも解されない。従つて、原告の右主張は採用できない。

そうして、前記被告待寺の求償権は本件物件について生じた債権であるから、同被告は右債権に基き本件物件に対し留置権を有する。従つて原告の被告待寺に対する本件物件明渡請求は、原告が同被告に対し右一、三五七、八一一円を支払つたときにおいて初めて実行できるのであつて、この点に関する原告請求は右の限度において容認される。

原告の被告待寺に対する金銭支払の請求について。

まず原告の不当利得の主張について。原告は本件土地家屋の所有権を取得するとともに、これについて国に対する賃貸人の地位を取得し、賃料債権を有するに至つたものと主張する。然し他人が賃借占有中の土地家屋の所有権を取得したものは、それによつて当然賃貸人の地位を承継するものでなく、賃借人がその所有権取得を承認するか、あるいはその所有権取得につき登記を経てこれを対抗主張し得るに至るかしなければ、賃借人に対し賃貸人の地位に立つものではない。ところが本件において右土地家屋の賃借人である国が、原告主張の昭和二七年六月一一日以前において原告の賃貸人となつたことを承認したことは認められないし、原告が本件土地家屋につきその所有権取得の登記を経ていないことはその主張からして明かなところである。そうすれば、原告は賃借人である国に対し未だ賃貸人としての地位を取得するに至らず、従つて賃料債権を有したものとはいえないこととなる。従つて原告がその債権を弁済により失つた損害を主張し被告待寺に対し不当利得として請求するのは他の点を判断するまでもなく失当である。原告が右金員を被告待寺に対し、不法行為による損害賠償ないし悪意の占有者の果実返還義務の履行としてなどで求めることができるかどうかは別問題で、少くとも本訴における原告の右不当利得金返還の請求は理由がないものと考えられる。

次に原告の損害金請求について。

被告待寺が昭和二八年三月一四日ころ被告正田より仮処分を受け、本件土地家屋に立入ることを禁止され、ようやく同年五月六日その使用ができるようになつたことは被告待寺本人尋問の結果(第一、二回)により認められる。従つて原告主張の昭和二八年三月二九日から同年五月五日までの間被告待寺はその行為により原告の本件土地家屋についての所有権行使を妨げていたものとは見られない。右の昭和二八年五月六日以降被告待寺が、本件土地家屋を使用していることは同被告の認めるところである。同被告はこれにつき正当権原に基くものであり、故意過失がないと主張するが、その正当権原ありといえないことはさきに認定し述べたとおりであるし、被告待寺本人尋問の結果(第一回)によれば、同被告は本件土地家屋を買受けるに当り、登記簿の記載を調査せず原告のための仮登記、抵当権設定登記の存在に注意せずに終つたことが認められ、さらに本件土地家屋の使用をはじめた前記日時ころにはすでに本訴が提起されていることは当裁判所に明かなところなので、これらの事情において自分に権利があると信じたのは注意が不足であり、不十分な判断に基くものというべきで無過失とはいえない。

すなわち被告待寺は原告に対し昭和二八年五月六日以降右家屋明渡ずみまでその原告所有権行使を妨げたことによる損害を賠償する義務がある。その額としては他に特別の事情がない限り本件土地家屋の公定賃料額であることにつき当事者間に争のない昭和二八年五月六日以降同年一二月末日までは一月一九、六九二円四五銭の割合、昭和二九年一月一日から同年一二月末日までは一月二一、七六一円六二銭、昭和三〇年一月一日以降は一月二二、四五九円七六銭が原告の通常受ける損害額であるというべきである。これをこえる原告主張額を正当とすべき事情は認められないので右認定額をこえる原告の請求は失当である。

なお、被告待寺が予備的に主張する相殺の抗弁については、その留置権の基礎としてさきに認めた債権額をこえる部分については、その債権の存在が認められないこと、そのところで判断したとおりであつて、右相殺の抗弁は理由がない。

以上のとおりであつて、原告の本訴請求は、被告待寺に対する一部を除き正当であるから、これを認容し、その余の部分および被告正田両名の反訴請求はこれを棄却し、本訴反訴の訴訟費用について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用してその負担を定め、なお原告申立の仮執行宣言はこれをつけないこととして主文のとおり判決する。

(裁判官 西川正世)

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